掘ったら出てきた、出てきたぞー!【犬山城シンポジウム ルポ】Vol.2

先回、『犬山城は謎だらけ』と題して、犬山城シンポジウムの前段をルポしました。

まだ読んでないよーという方は、こちらをチェックしてください!

犬山城は謎だらけ【犬山城シンポジウム ルポ】Vol.1犬山城は謎だらけ【犬山城シンポジウム ルポ】Vol.1

2017年1月22日、犬山市の 『犬山国際観光センター フロイデ』 で開催された犬山城シンポジウムに参加してきました!!

で、今回は2回目。

『掘ったら出てきた、出てきたぞー!』と題して、レポートします。

掘ったら出てきた、出てきたぞー!

発掘調査の成果について、愛知県埋蔵文化財センター調査研究専門員の鈴木正貴先生が『発掘調査からみた犬山城』と題して発表されました!

うん。

発掘調査とかやったことないので、専門用語が出てきてもわからなかったんですよね~(笑)

とか言っちゃうと怒られちゃいますが、そこはさすが鈴木先生!

丁寧に説明していただけました。

東は『切岸』

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城とまちミュージアムの模型・犬山城全景

まず、城山の東側。

ここには、急斜面を人工的に作った跡がありました。

いまは、土砂が堆積してなだらかな坂になってしまっているようですが、確かに、人工的な急斜面があったんですね。

山の斜面を削り出して、急峻な断崖を作り出しているとか。

これは、『切岸(きりぎし)』と呼ばれるもので、東側の防御施設の一つです。

今は危険なため、立ち入り禁止になっています。

が!

わたし、実は行ったことがあるんです。

去年(2016年)の12月に千田先生と歩くツアーがありまして、そのときに、特別な許可を得たとかで入らせてもらえたんです。

奇跡ですよ!

でも、普段は入れないんです。

残念 ( ;∀;)

ということで、城とまちミュージアムにある模型の写真で説明します。

この写真の右側。

山の中腹辺りに道がありますよね。

その山が削れて断崖になっているの、わかりますか?

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東の防御・切岸

こんな感じ。

これは反対側から取った写真。

木曽川の方からの画です。

 

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切岸を東側から見てみる

これ!

切岸

人の手で削ったんですよ。

すごいですねぇ。

これが今回の発掘調査では、これが発見されたということです。

まぁ、あったのはあったんですけど、ちゃんと調査してなかったから、今回調査したというのが本当のところでしょうけどね。

それもそうですが、せっかくの切岸。

見れるように整備してほしいですよねぇ。

こんな切岸がみれるところなんて、そうそうないですから!

西は『掘』

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西側の空堀

一方、逆の西側には堀がありました。

これも発掘調査で出てきました。

本丸から樅の丸に伸びる堀跡です。

土塁との高低差は約3m、堀底の幅は約3.5mあるそうです。

ちょっとわかりにくいかもしれないですね。

真ん中のあたり、凹んでいるのわかります?

わかりにくいので、こちらも「城とまちミュージアム」の模型で。

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城とまちミュージアムの模型で空堀を見てみる

ちょっと水色になったところ。

これが堀です。

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空堀を拡大して

もうちょっと拡大したやつ。

この堀の跡も発見されました。

あと、あわせて土塁の跡、切岸も発見されました。

これで、絵図に描かれていたものの裏付けが取れましたね。

よかった(笑)

ちなみに、堀と土塁はワンセット!て思っていい。

何でかって言うと、堀を作るのに、土を掘りますよね、もちろん。

で、掘った土を横に盛れば、土塁の完成!ということで、堀と土塁はワンセット!

いろんなお城の堀を見たりするときにこう見てみると、確かに堀の脇には土塁。

土塁があれば堀もあるって感じで発見できます。

と、話が逸れましたので戻します。

こういう発掘成果を聞いたりすると、堀れば出てくるじゃーん!

なんで今までやんなかったのよー!って思っちゃいますよね。

ま、複雑な事情があったんでしょうねぇ。

大人の事情ってやつですか?

この堀と土塁。

いまでも遺構として残っているんですが、これも立ち入り禁止。

危ないからだそうです。

危なくないように整備して、見れるようにしてくれよー!と、千田先生もおっしゃってました(笑)

東西の防御は最強!

で、この東西の発掘からわかったことは、天守の東西を、堀、土塁、切岸という防御施設で防御していたということです。

北 ➡ 木曽川

東 ➡ 切岸

西 ➡ 堀、土塁、切岸

三方、鉄壁のディフェンス!

攻めにくそうっていうか、どこから攻める?って思っちゃう。

とにかく、そうやすやすと攻めさせない。

最強の防御を備えていたんですね。

すげーーーーー!

まとめ

さて、だいぶ長くなってしまったので、続きは次回にします。

まだまだ発掘調査の結果があるんです。

鈴木先生も汗をかきながら熱弁ふるってましたから。

では、また次回。

2017年01月28日
犬山城マイスター!たかまる。

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