犬山城は謎だらけ【犬山城シンポジウム ルポ】Vol.1

2017年1月22日、犬山市の「犬山国際観光センター フロイデ」で開催された「犬山城シンポジウム」に参加してきました!!

内容が濃すぎるので、
何回かに分けて、
たかまる。の見解も加えながら、レポートしてみようと思います!

早速ですが1回目は、『犬山城は謎だらけ』と題してルポします!

今回のブログは、そんな話です。

なんもわかってない

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犬山城って、国宝です。

現存天守です。

あとわかってることは・・・

実はわかっていることって、これだけ。

結構ショックじゃないですか?

実在していて、昔からずーーーーーーっとあるのに、何もわかってない。

マジで?って感じです( ゚Д゚)

成瀬家が、代々守り続けてきた。

それは事実。

でも、

① いつ建てられたんだっけ?

② どのぐらいの大きさ?

③ 特徴って?

ってこと。

謎ってこと。

築城年代がわかんない

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たとえば、この間、国宝に指定された松江城。

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国宝に指定された 松江城天守

手持ちの写真がないので、wikipediaさんからお借りします。

松江城は、1611年に堀尾吉晴が築城しました。

(堀尾吉晴は落成前に死去してしまいますが、堀尾吉晴が建てたと言ってもいいでしょう)

というように、はっきりわかっています。

だけど、犬山城はわかっていないんです。

織田信康が天文6年(1537年)に築城したと言わていますが、裏付ける史料がありません。

残念( ;∀;)

城郭の規模がわかんない

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安土城天守(イメージ模型)

たとえば、信長最後の居城・安土城。

写真は、私が作ったレベルの低いプラモデルです(/ω\)

安土城は平成になって20年間に渡る発掘調査・復元工事が行われました。

その成果として、本丸跡や大手道、武家屋敷跡、石垣などの実状がわかってきて、大規模復元しています。

だけど、犬山城はわかってないんです。

内堀、外堀の2重堀をそなえた惣構えだったとか、本丸・杉の丸・樅の丸・桐の丸・松の丸などの郭があったとか、そういうことはわかっています。

絵図がいっぱいあって、いっぱい描いてあるから。

でも、実際にどの辺にどういう風にあったかは、ほとんどわかっていない。

発掘調査してないから~~~~~~~( ;∀;)

残念( ;∀;)

特徴がよくわかんない

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ものすごい高石垣の丸亀城

たとえば、石の城とも呼ばれる丸亀城。

もう、説明不要ですよね。

石垣がとにかくすごい!!!

日本一と言われる高石垣。

これは、見たらすぐにわかります。

圧巻です。

特徴です。

だけど、犬山城はよくわからない。

誰の城?

どういう城?

なんか特徴あったっけ?

そんな感じ。

残念( ;∀;)

無いことはないんですよ。

あるんです。

でも、わかりにくいし、それが見えない。

実感できないんですね。

じゃあ、どうする?

ということで、平成21年度から27年度にかけて、犬山城総合調査が行われたということなんです。

その成果発表が、今回のシンポジウムなんですね。

総合調査って何したかっていうと、

  1. 文献
  2. 考古学
  3. 城郭考古学
  4. 歴史地理学
  5. 建築史

という、様々な角度から調査したらしい。

つまり、歴史史料の調査、発掘調査、現存する建造物の調査などを各専門分野の先生方に実施していただいたということ。

その結果、ひじょーーーーに大きな成果が上がり、犬山城「城郭」の歴史的価値を明らかにできた、というものです。

まとめ

ここまでが、前段。

これから詳しくレポートしていきますが、だいぶ長くなりそうなので、続きは次回に譲ります(笑)

次回は、『掘ったら出てきた、出てきたぞー!』ということでお届けする予定です。

お楽しみに!!

2017年01月25日
犬山城マイスター!たかまる。

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