犬山城の三の丸は、けっこう広かった!

犬山城の三の丸は、結構広かったんです。

今はほとんど遺構が残っていなくて残念ですが。

三ノ丸、三之丸、三の丸。

どの書き方もあります。

犬山城の三の丸は、けっこう広かった!

犬山城の三の丸は、通称・城前広場と呼ばれる広場の辺りから南側一帯です。

今は色々な建物やお店も立ち並んでいるので 、その面影はあまりないかもしれません。

▲ 犬山城の本丸と二の丸。この左手(南)に三の丸が広がっている!

犬山城の縄張りは連郭式 (れんかくしき) と言って、一番奥に本丸、その手前に二の丸、さらにその手前に三の丸とあり、そして、本丸よりも二の丸の方が大きく、二の丸よりも三の丸が大きい、という縄張りになっています。

ですので、三の丸は犬山城の中で 最も広い曲輪 (くるわ) ということがわかりますね。

連郭式についてはこちらに書いてまーす ↓↓↓

犬山城は連郭式(れんかくしき)=くるわ三兄弟なのだ! 曲輪の配置が典型的でびっくり!

▲ 三の丸から天守を望むとこういう風景だったんだろう

三の丸の南端には大手門があり、そこから南は城下町が広がっています。

現在の福祉会館の辺りが大手門でしたので、そこから城前広場までが三の丸ということになります 。

東西は崖になっているところまでがおおよそ三の丸でしたので、東西に長細い形をしていたことがわかります。

まとめ

犬山城に来たら三の丸の広さを体感するのも、楽しいと思いますよ。

ということで、三の丸がけっこう広い、犬山城でした。

じゃあね🖐️

2019年02月08日
犬山城マイスター!たかまる。

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