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犬山城移築門・松の丸表門(まつのまるおもてもん)-一宮市・浄蓮寺に移築されていた!二の丸の正門が現存しているのだ

犬山城の松の丸表門が、犬山からほど近い一宮市のお寺に移築されています。

犬山城の城門は全部で18あったと言われています。

一方で、二の丸は四つの独立した曲輪に分かれていますが、そのうち門がはっきりとあったとされるのは松の丸だけです。

松の丸には御殿があり、饗応がなされていたと言われます。

その松の丸の表門が、犬山からほど近い一宮市のお寺に移築されています。

一宮市は比較的近いので、犬山城に行ったらちょっと足を延ばしてセットで訪れたいスポットです!

犬山城移築門・松の丸表門(まつのまるおもてもん)-一宮市・浄蓮寺に移築されていた!二の丸の正門が現存しているのだ

犬山城の松の丸表門が、犬山からほど近い一宮市のお寺に移築されています。

犬山城の城門は全部で18あったと言われています。

一方で、二の丸は四つの独立した曲輪に分かれていますが、そのうち門がはっきりとあったとされるのは松の丸だけです。

松の丸には御殿があり、饗応がなされていたと言われます。

その松の丸の表門が、犬山からほど近い一宮市のお寺に移築されています。

一宮市は比較的近いので、犬山城に行ったらちょっと足を延ばしてセットで訪れたいスポットです!

松の丸の表門は一宮市の浄蓮寺に移築されています。

浄蓮寺山門。犬山城松の丸の表門を移築したもの

▲ 浄蓮寺山門。犬山城松の丸の表門を移築したもの

松の丸表門は今でもお寺の山門として活躍していました。

この門は犬山市からほど近い一宮市にある浄蓮寺に移築されていました。

このお寺のウェブサイトが見当たらなかったので、日本の神社・寺院検索サイトのリンクです。

参考 浄蓮寺八百万の神
>

電車で訪れる場合は、名鉄犬山線の布袋駅下車南西へ約20分、または石仏駅下車北西へ約20分です。

そこそこ歩かなくてはいけませんし、住宅地にあるのでわかりにくいかもしれません。

お車の場合は駐車場がないようですので、お気を付けください。

路上駐車など迷惑行為はされないようによろしくお願いします。

松の丸表門は薬医門という形式の門です。

浄蓮寺山門。犬山城松の丸の表門。軒の破風板が漆喰塗になっている

▲ 浄蓮寺山門。犬山城松の丸の表門。軒の破風板が漆喰塗になっている


浄蓮寺山門。犬山城松の丸の表門。薬医門の重厚さが表れている

▲浄蓮寺山門。犬山城松の丸の表門。薬医門の重厚さが表れている


浄蓮寺山門。犬山城松の丸の表門。薬医門の重厚さが表れている

▲浄蓮寺山門。犬山城松の丸の表門。薬医門の重厚さが表れている

門の形式としては、薬医門(やくいもん)です。松の丸表門は、切妻造の脇戸付薬医門、屋根は本瓦葺。

両脇壁が付き、中央に両開き大扉、右脇壁に片開き脇戸が建て込まれている。

背側から見ると薬医門であることがよくわかります。

薬医門(やくいもん)というのは、鏡柱と控柱、冠木を大きな屋根でおおった様式の門のこと。

  • 鏡柱(かがみばしら:左右で歌舞伎を支える柱)
  • 控柱(ひかえばしら:鏡柱を後ろで支える柱)
  • 冠木(かぶき:左右の柱の上部を貫く横木)
浄蓮寺山門。犬山城松の丸の表門を移築したもの。鬼瓦は犬山城主成瀬家のかたばみ紋

▲浄蓮寺山門。犬山城松の丸の表門を移築したもの。鬼瓦は犬山城主成瀬家のかたばみ紋

平成元年に保存修理がされています。

現在は一宮市の文化財に指定されています。

門にある案内板に特徴などが細かく記載されていたので、それを転載します。

門の形式は薬医門(やくいもん)という。屋根は切妻とし、棟は甍瓦(いらか)を伴う組棟で、降り棟をもつ。瓦は、本瓦葺で鬼瓦は烏伏間をつけている。軒は一軒で、疎垂木(まばらたるき)として破風(はふ)には猪の目懸魚(いのめげぎょ)をつけ、破風、ともに漆喰仕上げとする。本柱と脇柱は並行させて正面とし、その後ろに控柱をもつ。本柱は特に太く柱貫は三間で、控柱とは控貫でつなぐ。本柱通りの柱頭に冠木をおき、控柱には頭貫をかけ渡し、それに五本の男梁(おばり)をおいて丸桁(がんぎょう)をいれる。棟木には男梁に立てた束で支えるが、その位置が本柱通りの上でなく、内側へ寄り、屋根の果汁を控柱にも分ける点が薬医門の特色である。扉は縦板張りで肘壺を吊り、向かって右の脇間には脇戸を付属する。当門は、犬山城の松の丸の本丸門と言われ、明治初年に移築したものである。したがって、鬼瓦には犬山藩成瀬公の定紋であるかたばみ紋が入れてある。屋根の組棟の複雑さ、降り棟、そして刀根丸の菊付留蓋などの重厚さは、簡潔な柱組の構成のもとで豪快な趣を醸し出している。その一方で、妻から軒にかけての漆喰仕上げの白が冴え、細やかな美しさを添えてもいる。

平成元年に保存修理を実施した。

松の丸表門は、わかりにくい場所にある門だった。

松の丸表門と裏門の配置図

▲ 松の丸表門と裏門の配置図。表門は大手道に開いている

犬山城二の丸の一つ・松の丸は、唯一、三の丸(さんのまる)に接している曲輪(くるわ)です。

この入り口がどこにあるかと言うと、大手道(おおてみち)に向けられて門が立っていました。

それは三の丸から入れるわけではなく、三の丸から大手道に入って中門(なかもん)をくぐり、さらに奥へ進んで矢来門(やらいもん)もくぐって、やっと松の丸の表門にたどり着きます。

現在、案内板があるところです。

犬山城松の丸表門跡。案内板が建てられている

▲犬山城松の丸表門跡。案内板が建てられている

つまり、三の丸に接していると言っても、松の丸に入ろうと思ったらかなり奥まで進まないと入れないわけです。

しかも、松の丸表門(まつのまるおもてもん)があるところは、矢来門(やらいもん)をくぐったすぐ右手のところです。

これは、もし万が一、大手道を敵兵が登ってきたとき、矢来門を突破した敵兵に対して横から攻撃をかける、いわゆる横矢掛かり(よこやがかり)のためと考えられます。

しかも矢来門のすぐ右手にあるため、矢来門を突破した敵兵は、まさかそこから攻撃されるとは想像がつかなかったであろうと思われます。

松の丸表門はなかなかわかりにくいところにあるけど、逆に守りのために分かりにくくしてあるんですね!

しかも、矢来門(やらいもん)黒門(くろもん)とで形成される枡形(ますがた)に横矢を掛ける構造ですから、敵兵はたまったものではありません。

枡形にするだけではなく、横矢を掛ける構造をもっていたなんて、とんでもなく防御を高めていたことがうかがえますね。

万が一大手から攻められても、ここでせん滅するという強い意志がうかがえます。

横矢、枡形についてはコチラの記事で詳しく解説しています。

松の丸表門跡の現況は?

犬山城松の丸表門跡。大手道と針綱神社の境

▲犬山城松の丸表門跡。大手道と針綱神社の境

松の丸表門跡は、大手道と針綱神社(はりつなじんじゃ)の境になります。

案内板から旧松の丸(現・針綱神社の下段駐車場の辺り)には一段下がっています。

このエリアは、矢来門(やらいもん)黒門(くろもん)松の丸表門(まつのまるおもてもん)の3つの門が移築・現存していますし、礎石が残っているものもあります。

ということは、復元可能ということですね。

黒門・矢来門・松の丸表門が復元されたら枡形(ますがた)も復元できるということだし、ここの風景が一変して、犬山城のディフェンスの様子がとてもよくわかると思います。

外枡形、鉄壁のディフェンス、松の丸表門からの横矢掛かりを体感することができるようになる。

そんなことになったら、凄いですよねぇ。

矢来門のことはコチラの記事を↓↓↓

黒門のことはコチラの記事を↓↓↓

それと、犬山城の門については、コチラの記事でまとめています。

ご参考にどうぞ。

まとめ

犬山城の松の丸にかつてあった松の丸表門(まつのまるおもてもん)は一宮市の浄蓮寺(じょうれんじ)というお寺に移築され、現存しています。

犬山城からも近いところなので、犬山城に行ったらセットで訪れてみてください!

ということで、犬山城に行ったらセットで見に行ってみたい移築門・松の丸表門のご紹介でした。

じゃあね👍

2019年03月10日
犬山城マイスター!たかまる。

3 COMMENTS

ソレックス

正直、犬山城は現存天守があると言う以外、オタクでない限り余りパッとしないのです。
でも、これだけの移築現存門があるなら、再移築すべきですよねw
犬山城が激変しますよ!これはやるべきです。

返信する
たかまる。

コメントありがとうございます!
そうなんですよ~。
残念ながら、ぱっとしないんですよね~(-_-;)
門だけでなく、塀、櫓、堀、切岸なども含めて復元せねばと思っています!
犬山城の本当の価値をみなさんに体感してもらいたいのです!
これからもご声援、よろしくお願いします!!!

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