二代目犬山城主・織田信清。信長とドンパチやって犬山城に危機が訪れた!-犬山城ちょこっとメモ #0072



犬山城を舞台に争いを繰り広げた二代目犬山城主・織田信清。

相手は織田信長。

尾張統一・美濃侵攻を目前としていたころです。

信清と信長は従兄弟だったんです。


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二代目犬山城主・織田信清。信長とドンパチやって犬山城に危機が訪れた!-犬山城ちょこっとメモ #0072

※ 犬山城ちょこっとメモでは、犬山城についての情報をちょこっとずつお届けしています。


織田信清は、 初代犬山城主・織田信康の息子です。

つまり二代目犬山城主というわけです。

信康のころは兄・信秀と共同戦線を張って尾張平定を目指していました。

が、信康が戦死すると、信清は犬山城を本拠地にして独自勢力として行動し、織田弾正忠家の当主となった信長に敵対しました。

そして、犬山城が危機にさらされます。

 

信長は1563年(永禄6年)に小牧山城を築きました。

このとき小口城(於久地城)にいた信清の兵は恐れをなして犬山へと逃げたとか。

そして1564年(永禄7年)5月、信長は信清の居城犬山城を攻め、城下や近くの寺院などを焼きました。

世に言う『犬山城の戦い』です。

ここで、信清は城を明け渡し、甲斐に逃げ落ちました。

武田氏に仕えた信清は、その後「犬山鉄斎」と名乗ったとのことです。

▲ 犬山城は、信清が城主のときに一度目の落城を経験した

 

犬山城は初めて落城しました。

ついに信長は尾張を統一し、美濃へと再度侵攻して行くのですが、犬山城には重臣の池田恒興を入れました。

その話はまた次回。

 

 

●城主データ●

織田信清・二代目犬山城主

在位 約17年:天文16年~永禄7年(1547年~1564年)

 

 

 

今日 2019年4月10日の犬山城は?

▲ 今日は大雨です。桜が散っています。

 

2019年 4月10日

今日は朝から雨です☔

気温も上がらずに寒い一日になるとか。

風邪など引かれませんように❗

 

 

 

 

ということで、

信清が信長とドンパチやったお陰で危機を迎えたけど、なんとか廃城は免れましたね。

ということで、

信長に攻められて一度目の落城を経験した、犬山城でした。

じゃあね🖐️

2019年04月10日
犬山城マイスター!たかまる。

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