楽田城(がくでんじょう)

愛知県犬山市にある楽田城をご紹介します。

小牧・長久手の戦いのときに羽柴秀吉が本城としたとして有名です。

いまは楽田小学校になっています。

楽田城(がくでんじょう)

  • 楽田城は愛知県犬山市にある城
  • いまは小学校になっている

愛知県犬山市にある城跡と言えば国宝犬山城が超有名ですが、他にも城跡はあります。

その一つが、今回ご紹介する楽田城(がくでんじょう)です。

楽田城は、愛知県犬山市字城山97番地にあります。

いまは犬山市立楽田小学校になっています。

楽田城は織田家が築城した城だった。

  • 織田氏が築いた城
  • 小牧・長久手の戦いで本陣とされた

楽田城は、織田久長が永正年間(1504~1521)に築城したと伝えられます。

ただ、はっきりとはわかっていません。

しかも、天守の起源が楽田城だと言われますが、その根拠となる一次資料もありません。

しかし、70年間ほど城としての役目を果たしていました。

その最大の活躍の場が、小牧・長久手の戦いでの羽柴秀吉の本陣とされたことです。

とにかく、内堀がでかい。

  • 堀がとにかく大きい。
  • 現況は地形がよく残っている。

楽田城の平面図です。

楽田村史から拝借しました。

楽田城の絵図はこのぐらいしか残っていません。

しかし、その絵図と現況がとてもよく似ています

この絵図を片手に楽田小学校の周りをぐるっと一周すると、堀の存在がよくわかります。

筆者の推測ですが、おそらく深い堀というより若干の低く下がった沼地だったんじゃないかと思います。

この辺りは田んぼが多い。

ということは、水が良くたまる。

楽田城の周りが足場の悪い沼地になっているだけでも、敵の侵入は十分防げたはずです。

そういうことだったんじゃないかなぁ。

羽柴秀吉が本陣を張った重要な場所。

  • 小牧・長久手の戦いの羽柴秀吉の本陣とされた
  • 織田信雄・徳川家康が陣取る小牧山城とは、目と鼻の先

先ほども出てきましたが、小牧・長久手の戦いのときの羽柴方の本陣でした。

ここから小牧山は目と鼻の先

小牧山には徳川家康が陣取っていました

そして、羽柴方も徳川方もいくつもの砦を築いてにらみ合ったのです。

言い方を替えたら最前線の砦。

ここに羽柴秀吉がずっと陣取っていたとは考えにくいですので、犬山城に詰めていたのではないかと。

そのとき犬山城は後詰の城(ごづめのしろ)ということですね。

そんなことを考えながら楽田城を散策するのも楽しいですよ。

楽田城インフォメーション

別名
城郭構造平城
築城主織田久長
築城年永正年間(1504~1521)
主な城主織田氏、羽柴秀吉
廃城年天正12年(1584年)
遺構石碑、土塁跡、堀跡
場所愛知県犬山市字城山97番地

 

まとめ

楽田城は今は小学校になっていますが、周辺の地形は絵図とよく似ています。

小牧・長久手の戦いで羽柴方の本陣とされましたが、敵方の陣である小牧山とは目と鼻の先です。

そのような地形や立地などを見てまわると面白いですよ。

ということで、城たび。楽田城の解説でした。

じゃあね👍

2018年06月16日
犬山城マイスター!たかまる。

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