大阪城(おおさかじょう)#054『豊臣秀吉と徳川家が築いた大城郭』

日本100名城・054番・大阪城(おおさかじょう)をご紹介します。

お城めぐりの参考に。

日本城郭検定を受験するときの参考に。

大阪城(おおさかじょう)#054『豊臣秀吉と徳川家が築いた大城郭』

(写真:たかまる。)

豊臣秀吉と徳川家が築いた大城郭である大坂城(おおさかじょう)をご紹介します。

大阪城は、大阪府大阪市にある城跡です。

見どころ

本丸、二の丸を巡る壮大な石垣(いしがき)水堀(みずぼり)は見ものです。

石垣は日本一、二の高さを誇る場所もあります。

二の丸南側に屈曲しながら続く石垣は圧巻です。

また、大手門や桜門、京橋門跡にある巨石なども見応えがたっぷりです。

現在の天守は三代目です。

昭和6年(1931)に日本初の鉄骨鉄筋コンクリート造で建てられた復興天守(ふっこうてんしゅ)です。

現在は国指定登録文化財となっています。

二の丸にある千貫櫓(せんかんやぐら)は、二重二階の櫓です。

これも国指定重要文化財です。

一重目には出窓型の石落し(いしおとし)、二重目には軒唐破風(のきからはふ)があります。

主な遺構

千貫櫓(せんかんやぐら)

乾櫓(いぬいやぐら)

一番櫓(いちばんやぐら)

六番櫓(ろくばんやぐら)

金蔵(かねぐら)

焔硝櫓(えんしょうやぐら)

本丸(ほんまる)

二の丸(にのまる)

石垣(いしがき)

堀(ほり)

特長

大阪城は上町台地(うえまちだいち)に築かれました。

ここは水運の利に恵まれていると言われます。

豊臣大坂城の天守は五重八階、黒漆塗り(くろうるしぬり)の下見板(したみいた)と金箔瓦(きんぱくがわら)や、金の飾り金具をつけた絢爛豪華(けんらんごうか)な望楼型天守(ぼうろうがたてんしゅ)でした。

徳川大坂城の天守は、白漆喰総塗籠(しろしっくいそうぬりごめ)の天守だったと言われます。

昭和6年に建てられた復興天守(ふっこうてんしゅ)は豊臣大坂城天守を模して、徳川大坂城の天守台の上に建てられています。

白い城と黒い城

昭和の城再建ブーム

歴史

天正11年(1583)に豊臣秀吉が築城を開始しました。

これが一般的に言われる豊臣大坂城です。

天正13年(1585)には五重八階の望楼型天守(ぼうろうがたてんしゅ)が完成しました。

しかし慶長20年(1615)の大坂夏の陣によって、豊臣大坂城は天守も含めて焼失してしまいました。

その後、徳川幕府が世を治めると、2代将軍・徳川秀忠は豊臣大坂城の上に盛土をして石垣を新たに積み直し、築城しました。

これが徳川大坂城です。

現在残っている縄張り(なわばり)は徳川大坂城のものです。

寛永3年(1626)に天守が完成しましたが、寛文5年(1665)に焼失しました。

そして昭和6年(1931)に日本初の鉄骨鉄筋コンクリート造の天守として、復興天守(ふっこうしゅ)が建てられました。

江戸時代は大坂城、明治以降は大阪城と書かれます。

大阪城の基本情報

(写真:たかまる。)

別名錦城、金城
所在地〒540-0002
大阪府大阪市中央区大阪城1-1
城の種類平山城
築城年代天正11年(1583)、元和6年(1620)
築城者豊臣秀吉、徳川幕府
主な城主豊臣氏、松平氏、徳川氏
文化財史跡の区分国指定特別史跡、重要文化財13件
主な復元や整備平成7年から9年に天守閣改修
天守の現況望楼型、五重八階、日本初の鉄骨鉄筋コンクリート造
アクセスJR 大阪環状線「森ノ宮」駅、「大阪城公園」駅から徒歩15分
地下鉄谷町線・地下鉄中央線「谷町四丁目」駅から徒歩約15分
日本100名城スタンプ設置場所大阪城天守閣2階スタンプコーナー
関連施設特別史跡大阪城公園
リンク特別史跡大阪城公園
大阪城天守閣

地図・マップ

まとめ

日本100名城・054番・大阪城(おおさか)をご紹介しました。

お城めぐりの参考にしてください。

また、日本城郭検定を受験するときの参考にしてください。

じゃあね🖐️

2020年04月04日
犬山城マイスター!たかまる。

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