名胡桃城(なぐるみじょう)#115『段丘上に細長く配置された真田の城』

続日本100名城・115番・名胡桃城(なぐるみじょう)をご紹介します。

名胡桃城(なぐるみじょう)は、段丘上に細長く配置された真田の城です。

群馬県みなかみ町にある城跡です。

お城めぐりの参考に。

日本城郭検定を受験するときの参考に。

名胡桃城(なぐるみじょう)#115『段丘上に細長く配置された真田の城』

続日本100名城・115番・名胡桃城(なぐるみじょう)をご紹介します。

名胡桃城(なぐるみじょう)は、段丘上に細長く配置された真田の城です。

群馬県みなかみ町にある城跡です。

見どころ

ささ郭からは利根川と河岸段丘を見渡すことができます。

対岸には明徳寺城(みょうとくじじょう)や沼田城(ぬまたじょう)の一部なども見ることができ、対北条の最前線であったことがわかります。

細長くのびた台地に築かれた連郭式(れんかくしき)山城で、丸馬出(まるうまだし)も特長のひとつです。

主な遺構

本郭

二郭

三郭

ささ郭

馬出し

など

縄張(なわばり)

名胡桃城は利根川(とねがわ)と赤谷川(あかやがわ)の合流地点の南西にある段丘上に築かれました。

東西に細長く郭群(くるわぐん)が配置された典型的な連郭式(れんかくしき)山城(やまじろ)です。

東から物見郭、ささ郭、本郭と続きます。

さらに二郭、三郭、般若郭、水の手が並びます。

本郭と二郭の間には空堀(からぼり)が作られています。

それらは木橋(きばし)によって接続され、食い違い虎口(くいちがいこぐち)が設けられています。

本郭と二郭、二郭と三郭の間に設けられた堀切(ほりきり)は見所の一つでもあります。

歴史

名胡桃城は天正(てんしょう)7年(1579)に真田氏(さなだし)によって築かれました。

名胡桃城を築いた目的は、武田氏(たけだし)から沼田城(ぬまたじょう)攻略を命じられたためです。

沼田城は戦国時代に関東支配の重要拠点として、北条(ほうじょう)、上杉(うえだ)、武田(たけだ)が争奪戦を繰り返していた城です。

沼田を抑えたい武田が真田に対して攻略を命じたため、名胡桃城を築き、足がかりとしたのです。

これにより沼田城は真田が攻め落とし、支配下に置かれました。

その後、豊臣秀吉(とよとみひでよし)が仲裁に入り、名胡桃城は真田、沼田城は北条のものとされました。

しかしこの裁定を北条は不服として名胡桃城に侵攻しました。

これが北条征伐いわゆる小田原平定(おだわらへいてい)の引き金となったのです。

北条が滅びると沼田城は真田のものとなり、名胡桃城は役割を終えたため廃城となりました。

名胡桃城の基本情報

別名
所在地〒379-1314
群馬県利根郡みなかみ町下津
城の種類山城
築城年代天正7年(1579)
築城者真田昌幸
主な城主真田
文化財史跡の区分県指定史跡
主な復元や整備平成27年(2015)に門・建物跡を表示、食い違い虎口、土塁、丸馬出が復元されました
アクセスJR 上越線「後閑」駅から徒歩約50分
JR 上越新幹線「上毛高原」駅から徒歩約50分
日本100名城スタンプ設置場所名胡桃城址案内所
関連施設名胡桃城址案内所
リンクみなかみ町観光協会公式サイト

地図・マップ

まとめ

続日本100名城・115番・名胡桃城(なぐるみじょう)をご紹介しました。

名胡桃城(なぐるみじょう)は、段丘上に細長く配置された真田の城です。

群馬県みなかみ町にある城跡です。

お城めぐりの参考にしてください。

また、日本城郭検定を受験するときの参考にしてください。

じゃあね🖐️

2020年05月29日
犬山城マイスター!たかまる。

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