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庭園(ていえん)

お城には藩主の遊ぶところやお客さんのおもてなしなどのために庭園(ていえん)が造られました。

これは江戸時代だけではなく室町時代から京都の暮らしを真似て作られています。

今回はこのお城にある庭園について学んでみましょう。

庭園は人をもてなす空間

お城は、基本的に戦うための場所であり守るための場所ではありますが、実は敷地内には庭園が造られていました。

もちろん山城などでは庭園などは作れませんが、山麓の館などに庭園を作っていたという痕跡が多く残っています。

例えば、有名なところで言うと一乗谷朝倉氏館(いちじょうだにあさくらしやかた)、大内氏館(おおうちしやかた)、北畠氏館(きたばたしやかた)などです。

これらの館は室町時代から戦国時代にかけての守護大名達です。

京都の暮らしを真似て、室町幕府との関係性や権威性を領地内で示す事が一つの目的となっていました。

そのため、これらの館跡を見ると室町幕府の京都での暮らしを想像することができます。

また近世になると織田信長や豊臣秀吉などは積極的に城郭内に庭園を取り入れました。

織田信長は岐阜城の山麓に庭園を作っていたということが、最近の発掘調査によりわかっています。

豊臣秀吉は大阪城の山里曲輪に庭園を作ったとされています。

茶室や御殿と庭園を設けて大名たちをもてなしたということのようです。

秀吉以降の近世城郭には必ずと言っていいほど庭園が造られたようです。

本丸御殿と庭園や、二の丸御殿と庭園などがセットで作られていました。

庭園の多くは大きな池を海に見立てて、起伏のある地形や大きな石などを置いて山や平野を表現していました。

現存する庭園

現在でも大名の庭園が残されていますが、それらの多くは城外に作られたものです。

日本三名園とされているのが水戸の偕楽園(かいらくえん)、金沢の兼六園(けんろくえん)、岡山の後楽園(こうらくえん)です。

今でもそれらの庭園は維持管理され、当時の庭園の様子や暮らしぶりなどが垣間見えます。

後楽園は岡山城と朝日川をはさんで作られました。

▲ 後楽園と岡山城。絶景です。(写真提供:岡山後楽園)

偕楽園は梅の名所として知られています。

▲ 梅の名所として知られる偕楽園。(写真提供:茨城県)

兼六園は金沢の南側にある広大な回遊式の庭園です。

▲ 季節ごとの表情が楽しめる兼六園。(写真提供:金沢市)

他にも提案が残っていたり跡地が残っていたりするところがあります。

お城巡りをした時には庭園も注目してみてくださいとても楽しいですよ。

まとめ

いつの時代でもおもてなしのためにお城には庭園が造られました。

それらは現在でも残っているものなどがありますので、お城めぐりの際にはぜひ訪れてみてください。

日本の心です。

ということでお城にある庭園というお話でした。

じゃあね🖐️

2019年08月31日
犬山城マイスター!たかまる。

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