徳川御三家の城

徳川御三家は江戸時代に、徳川将軍家に次ぐ地位をもっていた三家のことを言います。

この徳川御三家は、尾張藩、紀州藩、水戸藩にそれぞれ居城を構えていました。

名古屋城、和歌山城、水戸城です。

御三家の居城をご紹介していきます。

徳川御三家の城

名古屋城の現存する西北隅櫓(写真:たかまる。)

  • 徳川御三家とは、尾張徳川家、紀州徳川家、水戸徳川家のこと
  • 尾張藩は名古屋城、紀伊藩は和歌山城、水戸藩は水戸城が居城

徳川御三家とは、江戸時代に徳川将軍家に次ぐ地位を持っていた三家のことで、尾張徳川家、紀州徳川家、水戸徳川家のことです。

尾張徳川家は徳川家康の九男・徳川義直、紀伊徳川家は十男・徳川頼宣、水戸藩は十一男・徳川頼房がそれぞれ藩祖です。

それぞれの居城は、尾張藩は名古屋城、紀伊藩は和歌山城、水戸藩は水戸城でした。

それぞれの城を深掘りしてみていきます。

徳川御三家の城を比較してみた。

和歌山城の外観復元天守

  • 御三家の特徴がある
  • 天守はいずれも層塔型(水戸城は御三階櫓)
  • いずれも太平洋戦争の空襲で焼失

徳川御三家の城を一覧表にして比較すると下のようになりました。

 名古屋城和歌山城水戸城
藩・石高尾張藩・62万石紀州藩・56万石水戸藩・35万石
城郭の形式梯郭式
平城
梯郭式
平山城
連郭式
平山城
天守連結式
層塔型
五重五階地下一階
連立式
層塔型
三重三階
御三階櫓
層塔型
三重五階
築城者徳川家康豊臣秀長馬場資幹
築城年慶長14年
(1609)
天正13年
(1585)
建久年間
(1190~1198)
廃城年明治4年
(1871)
明治4年
(1871)
明治4年
(1871)
天守焼失昭和20年5月14日
(1945)
昭和20年7月9日
(1945)
昭和20年8月2日
(1945)
遺構櫓3棟
門3棟
石垣


石垣
薬医門
藩校
土塁
空堀
復元建物天守(大天守、渡櫓、小天守)
正門
本丸御殿
天守


大手門

それぞれ特徴がありますが、御三家の城を比較してみてみると、次のようにまとめられます。

  1. 天守はいずれも層塔型である
  2. 廃城年はいずれも明治4年(1871)である
  3. 天守が消失したのは、いずれも昭和20年の太平洋戦争の時である
  4. 天守の構造が名古屋城は連結式、和歌山城は連立式、水戸城は御三階櫓とそれぞれ趣が異なっている(それぞれの藩の特色が出ている)

その他にもたくさん比較するところはありますが、まずはこれぐらいにしておきましょう。

それぞれの居城をマッピングしておいたので、あわせてご覧ください。


次に、それぞれの城を個別で見ていきたいと思います。

尾張徳川家、尾張藩・名古屋城

名古屋城の外観復元天守(写真:たかまる。)

  • 名古屋城は連結式の層塔型天守を持つ、梯郭式の平山城
  • 天下普請で作られた
  • 天守や正門、本丸御殿が復元、堀や石垣、櫓、門などの現存する遺構もある

名古屋城は連結式の層塔型天守を持つ、梯郭式の平城です。

慶長14年(1609)に徳川家康の命により天下普請によって作られました。

慶長14年はまだ豊臣秀頼が大阪城にいて、徳川家康が天下を握っているとは言っても油断ならない時代でした。

その時に大阪城の豊臣への防御の要として名古屋城が築城されました。

天下普請(てんかぶしん)で建てられた城

現在は天守や正門、本丸御殿が復元されており、また、堀や石垣、櫓、門などの現存する遺構もたくさんあります。

見所がたくさんある名古屋城に一度訪れてみてはいかがでしょうか?

参考 特別史跡名古屋城名古屋城公式ウェブサイト

名古屋城公式ウェブサイトはコチラから

紀伊徳川家、紀伊藩・和歌山城

和歌山城の外観復元天守

  • 天守は連立式天守で、大天守は三重三階の層塔型天守
  • 縄張りは梯郭式
  • 現在の天守は復元。門や塀、石垣や堀などは現存。櫓や門、橋などが復元

和歌山城は56万石の紀伊藩の城です。

天守は連立式天守で、大天守は三重三階の層塔型天守でした。

縄張りは梯郭式で、築城年は天正13年(1585)です。

名古屋城よりも少し古いですね。

豊臣秀長が築城したのが最初と言われており、江戸時代になって徳川家康の十男頼宣が紀伊徳川家の藩祖として和歌山城に入城しました。

現在の天守は復元したものですが、門や塀、石垣や堀などは現存しており、また櫓や門、橋などが復元されています。

当時の和歌山城の姿が見事に蘇っています。

和歌山城も見所たっぷりのお城ですので、じっくりと見てみたいものですね。

参考 史跡和歌山城和歌山城ウェブサイト

和歌山城のウェブサイトはコチラから。

水戸徳川家、水戸藩・水戸城

  • 水戸城は連郭式の城
  • 天守はなく御三階櫓(三重五階の層塔型の櫓を天守代用)
  • 薬医門は現存の最大級の門。2020年には大手門が木造で復元

水戸城は連郭式の城としてよく例えられるほど、教科書的な縄張り構造の城です。

また、天守はなく、御三階櫓と呼ばれる三重五階の層塔型の櫓が天守代用の櫓として用いられました。

築城年は建久年間(1190~1198)頃ととても古く、歴史が最も古いお城です。

石垣の近世城郭というよりも土の城と言った方がわかりやすいでしょう。

土塁や空堀などが現存している他、薬医門や藩校も現存しています。

薬医門は現存する中では最大級を誇る門で、見るものを圧倒します。

また2020年には大手門が木造で復元され、当時の水戸城の姿が蘇ってきたようです。

御三階櫓の復元はされていませんが、土作りの城として見所はたくさんあるお城です。

参考 水戸城水戸観光コンベンション協会

水戸城のウェブサイト(水戸観光コンベンション協会)はコチラから

まとめ

名古屋城の復元された本丸御殿(写真:たかまる。)

  • 徳川御三家とは、尾張徳川家、紀州徳川家、水戸徳川家のこと
  • 尾張藩は名古屋城、紀伊藩は和歌山城、水戸藩は水戸城が居城
  • それぞれ現存の遺構や櫓、門などがあり、さらに復元されたものも含めて当時の城の様子が分かる大城郭である

徳川御三家は、尾張徳川家、紀伊徳川家、水戸徳川家の三家のことです。

それぞれ名古屋城、和歌山城、水戸城を居城としていました。

今回はそれぞれのお城について概要を解説したのに加えて、三城を比較してみました。

各藩の特徴が城にもよく表れていると思います。

それらを比べながら、徳川御三家の城を巡る旅などしてみても面白いと思いますよ。

お城めぐりのワンポイント

お城めぐりはいろんな楽しみ方がありますが、こういった「テーマに沿ったお城巡り」をすると、歴史の点と点がつながってお城めぐりがより一層深く楽しめると思いますよ。

ぜひどうぞ。

ということで以上、徳川御三家の城をご紹介しました。

じゃあね🖐️

2020年02月13日
犬山城マイスター!たかまる。

たかまる。

お城めぐりの必携本↓↓↓ おススメです。

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