針綱神社は犬山城の旧・桐の丸と旧・松の丸にある

犬山には針綱神社という神社があります。

針綱神社はよく犬山城の麓にあると言われますが、それは間違いです。

なぜなら、犬山城の桐の丸と松の丸だったところが針綱神社になっているからです。

つまり、針綱神社は犬山城の旧・桐の丸と旧・松の丸にあるのです。

以下に深掘りしていきます。

針綱神社は犬山城の旧・桐の丸と旧・松の丸にある

針綱神社本殿(写真:たかまる。)

  • 尾張五社の一社でもある針綱神社
  • 針綱神社が鎮座されている所は犬山城の中
  • 犬山城の桐の丸に本殿があり、松の丸は駐車場

犬山には尾張五社の一社でもある針綱神社があります。

針綱神社が鎮座されている所は、実を言うと犬山城の中になります。

どういうことかと言うと犬山城の桐の丸に本殿があり、松の丸は駐車場などになっています。

犬山城・桐の丸(きりのまる)

犬山城で最小の曲輪(くるわ)は、桐の丸って名前。

犬山城・松の丸(まつのまる)

犬山城・二の丸で最大の曲輪(くるわ)・松の丸には御殿があった!

いわゆる二の丸に針綱神社があるということです。

これについて深掘りしていきます。

針綱神社(はりつなじんじゃ)とは

針綱神社は尾張五社の一つ(写真:たかまる。)

まず初めに針綱神社の紹介をします。

参考 尾張五社針綱神社針綱神社

御祭神

尾治針名根連命(主祭神、おわりはりなねむらじのみこと)

玉姫命 伊邪那岐命 菊理姫命 大己貴命

建筒草命 建多乎利命 建稲種命 尻調根命(尾綱根命) 大荒田命

御由緒

針綱神社は太古より犬山の峰(現在の犬山城のある城山)に鎮座され、濃尾の総鎮守と言われています。

創建年は不明ですが1000年以上、犬山の地に鎮座していると思われます。

天文6年(1537)に犬山城築城のとき、白山平(現在地より東方にある山)に遷座され、その後の慶長11年(1606)に名栗町に遷座されました。

そして明治維新の後の明治15年(1882)、現在の場所に遷座されました。

御神徳

安産、子授け、八方除、厄除、長寿の神とされます。

犬山だけでなく、全国各地から多くの方が参拝に訪れています。

古くから犬山城城主を始め多くの崇敬を集め、特に織田信長の叔父・織田信康が安産、延命長寿を祈願して手彫りの犬を奉納したと言われています。

この事から、安産、子授け、長寿に特にご利益があると言われます。

また、本殿西側にお祀りしている御神馬は、古くから子供の守り神、子育てのご神馬さまと親しまれ、お供えした豆を頂くと歯ぎしり、ひきつけが治ると伝えられています。

アクセス・問い合わせ

住所愛知県犬山市大字犬山字北古券65-1
電話番号0568-61-0180(午前9時~午後4時)
アクセス犬山城天守を目指して向かってください

針綱神社が鎮座しているところ

桐の丸は今は針綱神社(写真:たかまる。)

  • 針綱神社の本殿の場所は、犬山城の桐の丸だった
  • 桐の丸の道具櫓だったところは、針綱神社の社務所
  • 宗門櫓があったところも整地されている

針綱神社の本殿が立っているところは、犬山城の桐の丸だったところです。

犬山城・桐の丸(きりのまる)

犬山城で最小の曲輪(くるわ)は、桐の丸って名前。

現在の本殿は、明治初期にそれまで名栗町にあった針綱神社から桐の丸に移されたものです。

それに伴って桐の丸の一部が造成されました。

桐の丸の道具櫓だったところには、現在は針綱神社の社務所が建てられています。

右手は針綱神社社務所。道具櫓の跡。(写真:たかまる。)

また、宗門櫓があったところも整地されています。

いずれも桐の丸だったところが、現在は針綱神社として使用されているのです。

針綱神社の駐車場

針綱神社の駐車場。ここにはかつて松の丸御殿があった(写真:たかまる。)

  • 針綱神社の駐車場は、犬山城の松の丸があったところ
  • 松の丸御殿があった場所
  • 西側には三光稲荷神社も

針綱神社の駐車場などがあるところは、犬山城の松の丸があったところです。

犬山城・松の丸(まつのまる)

犬山城・二の丸で最大の曲輪(くるわ)・松の丸には御殿があった!

松の丸には御殿があり、松の丸御殿と呼ばれていました。

そこは尾張藩の藩主が犬山に来られた時などに饗応で使用したり、藩主が寝泊まりしたりするところとして使われました。

現在は駐車場などが設けられています。

さらに松の丸だったところの西側には三光稲荷神社もあります。

現況と遺構

松の丸に残る石垣の一部(写真:たかまる。)

  • 櫓跡がある
  • 石垣が一部残っている
  • 高低差は縄張りそのもの

現況は上で示した通りで、犬山城の痕跡はあまり残っていないように思われがちです。

しかしよく見てみると地形がそのまま利用されていることもあり、犬山城の桐の丸や松の丸の形がおおよそわかります。

犬山城・桐の丸(きりのまる)

犬山城で最小の曲輪(くるわ)は、桐の丸って名前。

犬山城・松の丸(まつのまる)

犬山城・二の丸で最大の曲輪(くるわ)・松の丸には御殿があった!

桐の丸・道具櫓跡

下の写真のようにここには道具櫓がありました。

石垣は道具櫓台。上の建物は針綱神社の社務所(写真:たかまる。)

桐の丸・宗門櫓跡

ここには宗門櫓がありました。

宗門櫓があったと思われる場所(写真:たかまる。)

その形がおおよそ残っています。

松の丸・巽櫓跡

さらに針綱神社の下側の駐車場にある塀の当たりには、櫓があったと思われます。

松の丸・石垣

そして東側には石垣が一部残っています。

このように針綱神社には犬山城の痕跡がいくつも残っているのです。

松の丸東の石垣の一部が現存している(写真:たかまる。)

桐の丸と松の丸の高低差

さらには本殿と駐車場は非常に高低差がありまる。

駐車場から長い階段を登って上がっていきますが、この高低差は縄張りそのものなのです。

桐の丸から松の丸を見た画。かなりの高低差がある(写真:たかまる。)

上段が桐の丸で本殿があり、下段が松の丸で駐車場になっているところです。

針綱神社に行った際には犬山城のこうした痕跡を探して歩いてみてほしいです。

逆に犬山城に行った時にも針綱神社に寄って、桐の丸や松の丸を探索して欲しいと思います。

犬山城を見つけることができることでしょう。

まとめ

針綱神社(写真:たかまる。)

  • 尾張五社の一社でもある針綱神社
  • 犬山城の桐の丸に本殿があり、松の丸は駐車場
  • 櫓跡や石垣が残り、高低差は縄張りそのもの

犬山にある針綱神社は、実は犬山城の桐の丸と松の丸だったところなのです。

その痕跡がいくつか残っていますので、針綱神社を参拝された際は是非犬山城の痕跡も探してみてください。

他のお城でも旧城郭に神社やお寺が建てられていることがたまにあります。

お城めぐりの時は神社やお寺も要チェックです。

ということで、針綱神社は犬山城の旧・桐の丸と旧・松の丸にあるというお話でした。

じゃあね🖐️

2020年02月26日
犬山城マイスター!たかまる。

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