犬山城の桐の丸(きりのまる)をご存知ですか?
四つの独立した曲輪からなる二の丸の中で最も小さい曲輪ですが、大手道、松の丸、犬山城の東側面、の三方向を防御する重要な役割がありました。
今回はこの桐の丸の解説をします。
犬山城に詳しくなりたい方は必読の内容です。
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犬山城・桐の丸(きりのまる)
犬山城の本丸から数えて4番目の順位にある曲輪(くるわ)が桐の丸(きりのまる)です。
四つの独立した曲輪からなる二の丸の中で最も小さい曲輪です。
東西十五間(約27 m)、南北十五間(約27 m)の広さです。
曲輪の位置関係については縄張り図に示してあるのでご参照ください。
西は大手道、北は杉の丸、南は松の丸に面しています。
桐の丸にあった二つの櫓
桐の丸には櫓が二つありました。
- 宗門櫓(しゅうもんやぐら)
- 道具櫓(どうぐやぐら)
絵図によるとどちらもニ重櫓のようです。
曲輪の南東隅に宗門櫓(しゅうもんやぐら)、南西隅に道具櫓(どうぐやぐら)がありました。
道具櫓は大手道に面しており、大手道を上がってきた敵兵を迎撃するという重要な役割がありました。
現在、道具櫓の跡には針綱神社の社務所が建てられています。
「針綱神社は犬山城の旧・桐の丸と旧・松の丸にある」
桐の丸にあった門
桐の丸にも出入口がありましたが、絵図などを見ても門があったかどうかまではよく分かりません。
門のようなものが書かれているものもありますが、名前が書かれていないのであったとしても通用門程度のものだと思います。
現在は大手道から針綱神社へ出入りするところがそこにあたるのではないかと思います。
「針綱神社は犬山城の旧・桐の丸と旧・松の丸にある」
現在は階段があるところがありますが、それは近代に付けられたものですので違います。おそらくそのちょっと北側の部分が出入り口だったと思われます。
桐の丸の役割
ここからは推測になりますが、桐の丸の役割について考えてみたいと思います。
本来の山の形から言うと、樅の丸も桐の丸の方が標高が高かったと思われます。
現在でもおそらく桐の丸の方が標高が高いのではないでしょうか。
それでも曲輪の順位が樅の丸の方が高くしたのには理由がありそうです。
曲輪の配置が大手道の東側に偏っていることが一つ考えられます。
そのため西側にある曲輪の樅の丸を順位を上げて、防御の形を整えたと考えられます。
また桐の丸は面積が小さいため、十分な兵力を溜めておくことができないというのも原因の一つではないでしょうか。
しかしながら、桐の丸は大手道が西から東に向いてきた突き当たりにあり、石垣の上に道具櫓が構えられていました。
敵兵を迎え撃つには絶好のポジションです。
さらにそこを突破したとしてもその先には黒門があり、そこを突破したとしてもその正面には桐の丸があります。
門をくぐって抜けてきた敵兵を一網打尽にする位置に桐の丸が配置されているのです。
東側の防御ではなく、西側の大手道の防御をするための配置と役割が桐の丸にはあったということです。
また桐の丸の南下側には松の丸があり、松の丸には御殿もあったため、松の丸の警備という役割もあったと考えられます。
まとめ
犬山城の桐の丸(きりのまる)には二つの櫓がありました。
- 宗門櫓(しゅうもんやぐら)
- 道具櫓(どうぐやぐら)
桐の丸は四つに独立した曲輪からなる二の丸の中では最も小さい曲輪ですが、大手道、松の丸、城の東側という三方向を防御するという重要な役割のあった曲輪だったと考えられます。
- 大手道の防御
- 松の丸の警固
- 城の東側面の防御
現在の針綱神社の本殿がある辺りです。
「針綱神社は犬山城の旧・桐の丸と旧・松の丸にある」
現地へ行ってみるとその位置関係がよく分かると思います。
ということで、犬山城の桐の丸の解説でした。
じゃあね🖐️
2019年11月06日
犬山城マイスター!たかまる。