忍城(おしじょう)#118『水攻めにも屈しない難攻不落の城』

続日本100名城・118番・忍城(おしじょう)をご紹介します。

忍城(おしじょう)は、水攻めにも屈しない難攻不落の城です。

埼玉県行田市にある城跡です。

お城めぐりの参考に。

日本城郭検定を受験するときの参考に。

忍城(おしじょう)#118『水攻めにも屈しない難攻不落の城』

続日本100名城・118番・忍城(おしじょう)をご紹介します。

忍城(おしじょう)は、水攻めにも屈しない難攻不落の城です。

埼玉県行田市にある城跡です。

見どころ

本丸西側に築かれた土塁の一部が現存しており、外堀であった大沼跡も今でも残されています。

これら以外にも、本丸には御三階櫓(御三階櫓)を復興したり、周囲も城らしく整備されたりしています。

また大手門などの門や櫓の跡には石碑が建ち、城下町の町割りはほぼ江戸時代の形が残っています。

水攻めの名残である石田堤なども一緒に見学するのが良いでしょう。

主な遺構

土塁

沼の一部(水城公園として)

縄張(なわばり)

忍城のある辺りは湿地帯で、その地形をうまく利用した平城(ひらじろ)となっています。

沼を堀(ほり)、島を曲輪(くるわ)とした縄張りとなっています。

周りは豊かな水源に囲まれていました。

沼地に島が点在する地形であり、沼は天然の水堀として埋め立てずに利用されました。

また島はそれぞれ独立した曲輪として橋を渡す形での縄張りとしていたのです。

外堀であった大沼は、現在も水城公園として活用されています。

本丸跡には昭和63年(1988)に復興された御三階櫓(ごさんかいやぐら)があります。

本来は三の丸南方に位置していたものを本丸跡に復興させたものです。

縄張は本丸と諏訪曲輪(すわぐるわ)を二の丸が囲み、その周囲に三の丸が配置される梯郭式(ていかくしき)です。

平成4年(1992)までには、本丸跡、諏訪曲輪跡を公園として整備し、堀や土塁などが再現されました。

歴史

忍城は15世紀に築城したと言われますが、時期についてははっきりとしません。

戦国時代には上杉氏や北条氏が侵攻しても何度も退けるなど、難攻不落の城と言われていました。

天正18年(1590)の小田原征伐では北条方の城として、石田三成率いる2万3,000の軍勢を迎え撃ちました。

石田三成は水攻めを行いましたが、忍城は落城することなく、小田原城開城まで持ちこたえました。

そのため難攻不落の「忍の浮き城」と呼ばれるようになりました。

小田原平定後は徳川家康が関東に入りましたが、忍城には譜代の有力大名が入れ替わり入封しました。

城主は老中などの幕府要職を歴任するなど、江戸時代中期までは重要な拠点とされていました。

忍城の基本情報

別名
所在地〒361-0052
埼玉県行田市本丸17-23
城の種類平城
築城年代15世紀後半(文明11年(1479)以前)
築城者成田氏
主な城主成田氏、松平(東条)氏、松平(大河内)氏、阿部氏、松平(奥平)氏
文化財史跡の区分県指定旧跡
主な復元や整備平成4年(1992)までに本丸跡、諏訪曲輪跡を公園として整備し堀や土塁を再現した。
昭和63年(1988)に城内に御三階櫓と行田市郷土博物館を建築した。
アクセス秩父鉄道「行田市」駅より徒歩約15分
JR 高崎線「吹上」駅より「行田折返し場・行田市駅・総合教育センター」行き朝日バス(前谷経由)で約15分、「忍城」下車すぐ
日本100名城スタンプ設置場所行田市郷土博物館
関連施設行田市郷土博物館
リンク忍城|行田市教育委員会
忍城址|行田市観光NAVI

地図・マップ

まとめ

続日本100名城・118番・忍城(おしじょう)をご紹介しました。

忍城(おしじょう)は、水攻めにも屈しない難攻不落の城です。

埼玉県行田市にある城跡です。

お城めぐりの参考にしてください。

また、日本城郭検定を受験するときの参考にしてください。

じゃあね🖐️

2020年07月06日
犬山城マイスター!たかまる。

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