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犬山城・丑寅櫓とは東北隅にある櫓という意味。東谷曲輪の北の隅にあったんだぜ。

櫓の名前には方角を表すものがあります。

犬山城にも方角の呼び名の櫓があります。

その一つが東北隅を表す丑寅櫓(うしとらやぐら)です。


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※ 犬山城ちょこっとメモでは、犬山城についての情報をちょこっとずつお届けしています。


概要

犬山城に丑寅櫓(うしとらやぐら)という名前の櫓がありました。

これは犬山城の北東の隅にあった櫓です。

古い写真が残されていて、二重櫓だったことが分かっています。

さらに、二重目には華頭窓が二つ付けられていたこともわかっています。

東谷と呼ばれている帯曲輪 (私は東谷曲輪と呼んでいます)の東北隅にあります。

石垣の一部が残っています。

▲ 木曽川沿いに建てられていた丑寅櫓には、華頭窓が二つつけられていた。

 

丑寅櫓があった場所は犬山城の、通称・城山の東側な山麓にあたります。

ここは東谷と呼ばれていました。

私は東谷曲輪と呼んでいます。

▲ 丑寅櫓の石垣の一部が残っています。
▲ 大木の根が張り、石垣がはらんでいる。大変危険だ!

 

丑寅櫓の石垣の一部が今も残っています。

ただ、大木の根が張り、石垣がはらんでいて大変危険な状態です。

ちなみに、「うしとら」は艮とも書きますが、犬山城の場合はこちらの丑寅を使っていたようです。

 

ということで、

 

犬山城の丑寅櫓跡の石垣はなんとかせなあかんよ!

 

ということで、

東北隅は二重の丑寅櫓で守る、犬山城でした。

 

じゃあね🖐️

 

2019年03月26日
犬山城マイスター!たかまる。

 

– 写真はすべて、たかまる。が撮影したもの、または使用を許可されたものです。
– 図はすべて、たかまる。が描いたものです。
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