十七代目犬山城主・成瀬正虎。カッコいい名前の正虎のとき犬山祭の基礎ができたとか。-犬山城ちょこっとメモ #0086



成瀬家初代城主の成瀬正成の長男として、2代将軍秀忠の小姓となり、その後尾張藩の藩政に携わった男。

成瀬正虎!

カッコいい名前です。

犬山祭りの基礎を作ったんだとか。


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十七代目犬山城主・成瀬正虎。カッコいい名前の正虎のとき犬山祭の基礎ができたとか。-犬山城ちょこっとメモ #0086

※ 犬山城ちょこっとメモでは、犬山城についての情報をちょこっとずつお届けしています。


成瀬正成の長男として、文禄3年(1594)に駿府に生まれた成瀬正虎。

ご隠居さまによる駿府政権に父・正成が奔走しているときですね。

慶長13年(1608)には徳川秀忠の小姓組になり4千石を賜ったとか。

弱冠14歳で。

慶長19年(1614)、20年(1615)の大阪の陣では、尾張藩主・徳川義直につき、夏の陣では軍功を上げたとか。

元和3年(1617)に千石加増され、尾張藩の藩政に携わるようになりました。

▲ 唐破風は正虎のときにつけられたらしい。

寛永2年(1625)、成瀬家初代城主・正成が死去すると家督を相続し、成瀬家二代城主(通算十七代城主)となります。

さらに、従五位下隼人正(じゅごいげはやとのしょう)に叙任されました。

正虎の時代に犬山城天守が増築。

唐破風が付けられたとか。

また、犬山祭りの基礎が作られたと言われています。

●城主データ●

成瀬正虎

十七代目城主(成瀬家二代城主)

在位 約34年:寛永5年(1625)~万治2年(1659)

今日 2019年4月30日の犬山城は?

▲ かなり激しく雨です。

 

2019年 4月30日

今日は平成最後の日。

失われた30年と言われた平成ですが、個人がメディアをもてるなんて夢のような進化を遂げた時代でもありました。

おかげでこうして毎日ブログも書けるわけで。

私は平成は良い時代だったと思いますよ!

ありがとう、平成!

 

※今日の犬山城のコーナーは、これでいったん終了にします。

一年間お付き合いありがとうございました。

 

 

 

ということで、

戦国の世から平和な江戸時代に移り行く中で、新世代として活躍した男かもしれませんね。

ということで、

成瀬家を盤石なものにした正虎が城主だった、犬山城でした。

じゃあね🖐️

2019年04月30日
犬山城マイスター!たかまる。

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