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犬山城・本丸

犬山城と言うと現存天守が有名なので、本丸を意識したことがないかもしれませんね。

江戸時代の本丸にはどのような建物などがあったのかご存知でしょうか?

今回はそれらを見てみたいと思います。

犬山城をより楽しみたい方にはお勧めの内容です。

犬山城・本丸

犬山城の本丸は通称「城山」の最上部に位置し、標高はおよそ85 mです。

犬山城の本丸には、門が二つ櫓が四つありました。

それらは土塀や多門櫓で結ばれ、本丸全体が囲まれていました。

簡単な縄張り図を書きましたのでそれを参考に見て頂きたいですが、天守のあるところが変形した形になっており、真四角の曲輪(くるわ)ではありませんでした。

これらは戦国時代の縄張りの名残と思われます。

本丸にあった二つの門

本丸にあった門は鉄門(くろがねもん)と七曲門(ななまがりもん)です。

鉄門は櫓門で、本丸への正面の出入り口でした。

現在は模擬門が建てられています。

七曲門も櫓門で、こちらは本丸の搦手(からめて)、つまり裏口でした。

現在は建物は何もありませんが、門の石垣や礎石などが残されています。

規模などがよく分かると思います。

犬山城のジオラマの七曲門(写真:たかまる。)
犬山城のジオラマの鉄門(写真:たかまる。)

本丸にあった四つの櫓

本丸には四つの櫓がありました。

大手口に当たる鉄門から見て東側に大砲櫓(たいほうやぐら)、南西に小銃櫓(しょうじゅうやぐら、鉄砲櫓ともいう)、西に弓矢櫓(ゆみややぐら)、天守の北側に一段下がって千貫櫓(せんかんやぐら)がありました。

現在ではいずれも建物は残っていませんが、弓矢櫓の跡地は見学することができます。

小銃櫓の跡には模擬櫓が建てられています。「永勝庵」という名前の茶室です。

弓矢櫓の跡地は現在は何もありませんが石垣が残っています。

千貫櫓の跡は危険なため立ち入りができないようになっています。

江戸時代の絵図を見ると、七曲門と大砲櫓の間は多門櫓で結ばれていました。

大砲櫓→鉄門→小銃櫓→弓矢櫓→天守横までは土塀で囲まれていました。

現在は土塀なども残っていませんが、石垣などが残っているのでそれらを見てどのような姿だったかと想像するのもお城巡りの楽しみのひとつでもありますね。

犬山城のジオラマの大砲櫓(写真:たかまる。)
犬山城のジオラマの弓矢櫓(写真:たかまる。)
犬山城のジオラマの千貫櫓(写真:たかまる。)

その他の建物

本丸内のその他の建物としては番所がありました。

それは鉄門から本丸に入ったすぐの所にあったと、絵図には書かれています。

また水溜があったことも記されています。

鉄門からは本丸内は石段になって一段上がったところが本丸となっていました。

さらに天守の部分も石段で上がり、最も高いところに位置しています。

これらの建物などの跡については、マップを作っておきましたので参考にご覧ください。

まとめ

犬山城の本丸には二つの門と四つの櫓がありました。

それらは下のような名前が付けられているものでした。

  • 鉄門(くろがねもん)
  • 七曲門(ななまがりもん)
  • 大砲櫓(たいほうやぐら)
  • 小銃櫓(しょうじゅうやぐら)
  • 弓矢櫓(ゆみややぐら)
  • 千貫櫓(せんかんやぐら)

現在は建物は残されていませんが遺構が残っているところもあるので、天守だけではなくこれらも合わせて見学すると良いかと思います。

じゃあね🖐️

2019年10月31日
犬山城マイスター!たかまる。

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