月山富田城(がっさんとだじょう)#065『石垣や掘立柱建物が復元された巨大な山城』

日本100名城・65番・月山富田城(がっさんとだじょう)をご紹介します。

月山富田城(がっさんとだじょう)は、石垣や掘立柱建物が復元された巨大な山城です。

島根県安来市にある城跡です。

お城めぐりの参考に。

日本城郭検定を受験するときの参考に。

月山富田城(がっさんとだじょう)#065『石垣や掘立柱建物が復元された巨大な山城』

日本100名城・65番・月山富田城(がっさんとだじょう)をご紹介します。

月山富田城(がっさんとだじょう)は、石垣や掘立柱建物が復元された巨大な山城です。

島根県安来市にある城跡です。

見どころ

一番の見どころは石垣(いしがき)です。

毛利氏、吉川氏時代のものと思われる高石垣が山頂部になります。

また山中には堀尾氏時代のものと思われる石垣があります。

近年、曲輪(くるわ)などの整備も行われ、その巨大な山城の姿が蘇りました。

主な遺構

曲輪

石垣

堀切

縄張(なわばり)

月山富田城は能義(のぎ)平野を流れる富田(とだ)川(飯梨(いいなし)川)に面した月山(がっさん)に築かれました。

標高は197 m の山城(やまじろ)です。

月山の中腹には広大な曲輪(くるわ)が築かれ、三方が石垣(いしがき)によって囲まれています。

ここには御殿(ごてん)が建てられていました。

大手門は、幅が約15 m 、高さが約4.5 mの大手門があったと言われています。

また平成14年までに二の丸、花之檀などの主要な曲輪の整備を行いました。

主屋(おもや)と侍所(さむらいどころ)として掘立柱建物(ほったてばしらたてもの)2棟が復元されました。

山頂部などにある石垣は堀尾氏時代のものと思われますが、それらも整備されています。

縄張(なわばり)とは?

縄張(なわばり)の三つの基本形式

歴史

築造年代は不明ですが、平安時代の末期か、鎌倉時代の初期と言われています。

石垣を用いた近世城郭(きんせいじょうかく)に大改修したのは慶長(けいちょう)5年(1600)です。

戦国時代には戦国大名の尼子氏(あまごし)が居城としていました。

永禄(えいろく)8年(1565)に毛利元就(もうりもとなり)が月山富田城を攻めましたが、その堅牢さに大苦戦しました。

尼子氏は1年半にも及んで籠城をしたのです。

しかしついには開城し、尼子氏は滅亡しました。

その後、慶長(けいちょう)5年(1600)に堀尾吉晴(ほりおよしはる)が入城します。

そして高石垣などで作られた近世城郭(きんせいじょうかく)に大改修したのがこの時です。

しかし堀尾氏が慶長(けいちょう)16年(1611)に松江城を築城して居城を移したため、月山富田城は廃城となりました。

月山富田城の基本情報

別名月山城(がっさんじょう)
富田城(とだじょう)
所在地〒692-0403
島根県安芸市広瀬町富田2188
城の種類山城
築城年代平安時代?
鎌倉時代?
慶長5年(1600)
築城者不明
堀尾吉晴
主な城主尼子氏、毛利氏、吉川氏、堀尾氏
文化財史跡の区分国指定史跡
主な復元や整備平成14年まで二の丸、花之檀などの曲輪の整備が行われた
アクセスJR山陰本線「安来」駅からイエローバス広瀬バスターミナル行きで約30分「市立病院前」下車徒歩約10分
日本100名城スタンプ設置場所安来市立歴史資料館
関連施設安来市立歴史資料館
リンク月山富田城跡|安来市観光ガイド

地図・マップ

まとめ

日本100名城・65番・月山富田城(がっさんとだじょう)をご紹介しました。

月山富田城(がっさんとだじょう)は、石垣や掘立柱建物が復元された巨大な山城です。

島根県安来市にある城跡です。

お城めぐりの参考にしてください。

また、日本城郭検定を受験するときの参考にしてください。

じゃあね🖐️

2020年06月03日
犬山城マイスター!たかまる。

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