犬山城北端の木曽川に向けられた東谷埋門(ひがしたにうずみもん)は、塀と一体化した門だった。



犬山城の東谷曲輪と木曽川の境には塀が建てられていました。

その塀には、塀の下の方をくり抜いたようにして作られた埋門(うずみもん)がありました。

これが東谷埋門です。


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東谷曲輪(ひがしたにくるわ)

犬山城の東山麓にあった東谷曲輪(ひがしたにくるわ)。

北端は木曽川と接していました。

そして、その境には土塀が築かれていました。

▲ 木曽川(写真左手)と犬山城の東谷曲輪(写真右手)の境には土塀が築かれていた。

埋門(うずみもん)

 

木曽川から簡単に上がってこれないように、厳重に守られていました。

しかし、木曽川は重要な物流拠点であり、犬山湊や内田湊などがありました。

そして木曽川を通ってきた木材や物品などを犬山城にあげるときに使われていたのが、東谷埋門(ひがしたにうずみもん)なのです。

▲ この辺りかなぁ、東谷埋門があったのは。

現在は道路の開発と犬山頭首工(ダム)の建設により水位も上がっていますし、郷瀬川の掘削もあって改変されて遺構も残っていないと思われます。

ということで、

 

埋門という変わった門が犬山城にもあったんですねー😁

 

ということで、木曽川を最大限利用している、犬山城でした。

 

じゃあね🖐️

 

2019年04月02日
犬山城マイスター!たかまる。

 

– 写真はすべて、たかまる。が撮影したもの、または使用を許可されたものです。
– 図はすべて、たかまる。が描いたものです。
– 著作権などはすべて、たかまる。が所有しています。無断使用などは固くお断りします。

 

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