【第十八代・犬山城主】成瀬正親(なるせまさちか)。犬山の長期政権を担い、馬術に優れた男

成瀬家三代城主は、犬山と尾張藩の長期政権を担った男。

成瀬正親(まさちか)。

そして、馬術に優れた男でもありました。

成瀬正親(なるせまさちか)の生い立ち

成瀬正親(まさちか)は、寛永16年(1639)成瀬正虎の長男として「名古屋」で生まれました。

明暦元年(1655)、16歳のときに5千石を賜り政務に携わるようになりました。

そして万治2年(1659)20歳のとき、父・正虎が隠居したため家督を相続します。

1600年代後半の犬山城の石高

▲ 唐破風は正虎のときにつけられたらしい。

その後、従五位下信濃守に叙任されましたが、寛文元年(1661)隼人正に改めました。

成瀬氏の石高が3万5千石となったのは正親の代からです。

また、正親は馬術を好んだと伝えられています。

元禄16年(1703)、名古屋で死去しました。

第十八代・犬山城主のデータ

成瀬正親(なるせまさちか)

十八代目城主(成瀬家三代城主)

在位 約44年:万治2年(1659)~元禄16年(1703)

犬山城歴代城主についてはコチラの記事で。

まとめ

実に44年の長きにわたって犬山と尾張藩を支えた男は馬術の名人だったのかな?

ということで、尾張藩と犬山が盤石を迎えた、犬山城でした。

じゃあね🖐️

2019年05月01日
犬山城マイスター!たかまる。

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