【第二十一代・犬山城主】成瀬正典(なるせまさのり)。名馬を尾張藩主に進上するほどの馬術好き。

二十一代目城主・成瀬正典(まさのり)は馬術が得意な城主で、名馬を尾張藩主に進上するほどでした。

40年にわたって犬山城主&尾張藩付家老をつとめ、政務に尽力したと言います。

成瀬正典(なるせまさのり)の生い立ち

成瀬正典(まさのり)は、寛保2年(1742)成瀬正泰の次男として名古屋で生まれました。

宝暦8年(1758)従五位下民部少輔に叙任され、同12年政務につき主殿頭となりました。

また、宝暦13年に新知行3千石を賜りました。

明和5年(1768)家督を継ぎ、隼人正に改められました。

成瀬氏には尾張藩士である同心が預けられていましたが、正典の代に藩の軍制改革により召し返されることとなってしまいました。

正典が育てた名馬を尾張藩主に進上

▲ 馬場のあった西曲輪から見た犬山城天守

文化6年(1809)67歳のときに隠居し、左衛門佐と改名しました。

晩年は日蓮宗を信仰、絵画が得意で父・正泰から手ほどきを受けたと言われます。

また、幼少から馬術に巧みで、自ら育てた駿馬を尾張藩主に進上するほどでした。

文政3年(1820)江戸で死去しました。

第二十一代・犬山城主のデータ

成瀬正典(なるせまさのり)

二十一代目城主(成瀬家六代城主)

在位 約41年:明和5年(1768)~文化6年(1809)

犬山城歴代城主についてはコチラの記事で。

まとめ

ということで、馬術がとても上手だった二十一代犬山城主・正典をご紹介しました。

じゃあね🖐️

2019年05月06日
犬山城マイスター!たかまる。

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