かつて犬山城には二重櫓11棟と平櫓2棟があった。



お城と言えば天守ですが、屋根の数が三重以上のものが天守です。

しかし、三重の櫓もありましたし、現存しているものもあります。

犬山城には残念ながら三重の櫓はありませんでしたが、二重櫓が11棟、平櫓が2棟の合計13棟の櫓がありました。



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櫓とは

そもそも櫓とはなんでしょうか?

櫓とは、敵を迎え撃つまたは攻撃するための施設でもあり、監視の役割を担っていたり、武器や食料などの備蓄をしたりと、いろいろな役割がありました。

近世城郭では櫓の基本は二重で、曲輪(くるわ)の隅や城壁の折れ曲がった出隅に建てられていました。

▲ 名古屋城の西北隅櫓。三重櫓で曲輪の角に建てられている。

 

犬山城の櫓は全部で13棟

では、我らが犬山城を見てみましょう!

犬山城には櫓が全部で13棟ありました。

 

本丸

大砲櫓(二重)、鉄砲櫓(二重)、弓矢櫓(二重)、千貫櫓(平櫓)

杉の丸

器械櫓(二重)、御成櫓(二重)

樅の丸

屏風櫓(二重)

桐の丸

宗門櫓(二重)、道具櫓(二重)

松の丸

巽櫓(二重)、坤櫓(二重)

東谷曲輪

丑寅櫓(二重)

水の手曲輪

水の手櫓(平櫓)

 

いまは残念ながら現存するものはほとんどありません。

 

天守と櫓の違い

櫓が進化したのが天守とよく言われますが、果たしてそうなのでしょうか?

天守は近世以降の「城」としての象徴の建物です。

同じ規模・様式の建物に三重櫓があります。

櫓自体の歴史は古く、古代からあったと言われていますが、物見のための建物だったと思われます。

 

近世になると天守と並ぶ大規模な三重櫓が建てられるようになってきました。

こうなってくると天守と櫓の違いが判らなくなってきますね。

四重以上は天守、三重までは櫓が基本ですが、三重の天守もあります。

 

どうやら、元和元年(1615年)に出された「武家諸法度」で区別されていたようです。

武家諸法度の公布前に天守として存在したものは「天守」で、公布後に新たに建てられた三重の建物は櫓とされたとか。

なので、天守代用とされたのが三重櫓で、「御三階櫓」(ごさんかいやぐら)と呼ばれていました。

 

まとめ

犬山城には13棟の櫓がありましたが、11棟の二重櫓と2棟の平櫓でした、というお話でした。

じゃあね🖐️

 

2019年06月13日
犬山城マイスター!たかまる。

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【解説した人】

日本城郭検定準一級合格者です。

犬山城マイスター!たかまる。は、お城をこよなく愛するナビゲーターです。
犬山城に関する活動を独自に、そして精力的に展開しています。
(資格など)
日本城郭検定準1級(1級を取得予定)
公益財団法人 日本城郭協会 会員
公益財団法人 犬山城白帝文庫 会員
★ 訪れた城跡や史跡は全国で302箇所を超える。
★ 犬山城天守・犬山城跡の散策は通算507回以上!
★ ほぼ毎日、犬山城の写真を撮り続けて1092日以上!

 

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