裏口・搦め手・内田門!



お城の正面を大手(おおて)というのに対して、 裏側を搦め手 (からめて) と言います。

一般的に大手の反対側が搦め手になりますが、犬山城の場合はどうでしょうか?

そこには内田門という門が建てられ、厳重に守られていました。


▲ お城巡りの必需品です。たかまる。も、もちろん愛読+スタンプラリーしています。


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犬山城の裏口・搦め手

お城の正面を大手と言います。

それに対して裏側を搦め手 (からめて) と言います。

一般的に大手の反対側が搦め手になります。

例えば南側が大手だったら、北側が搦め手という具合です。

犬山城の場合は、今の福祉会館の辺りが大手です。

それに対して反対側と言うと、木曽川になってしまいます。

これは、この土地の地形を利用した城造りのためです。

なので、犬山城の搦め手は、大手からみて北東の方向になります。

それが内田門です。

▲ 犬山城の搦め手は、写真の右手の方向

内田門

犬山城の搦め手には内田門がありました。

さらに内田門の東側、つまり外側には、馬だしという防御施設がありました。

東側からの攻撃に備えた造りとなっていたのです。

▲ 瑞泉寺の山門。 移築した内田門と言われる。

犬山城の門や櫓は 、明治になった時にほとんどが取り壊されていますが、内田門はお寺に移築されたと言われています。

内田門から東側に行った瑞泉寺というお寺に移築されたと言われており、今でもお寺の山門として使われています。

まとめ

犬山城の搦手口は北東に設けられ、そこには内田門が構えられていました。

そして内田門は、犬山城にほど近い瑞泉寺というお寺に移築されていました!

ということで、搦手も厳重に守りを固めている、犬山城でした。

じゃあね🖐️

2019年02月11日
犬山城マイスター!たかまる。

– 写真はすべて、たかまる。が撮影したもの、または使用を許可されたものです。
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