信長と乳兄弟であり、信長の重臣でもある池田恒興。功績を認められて犬山城を拝領す!-犬山城ちょこっとメモ #0073



織田信清から犬山城を奪った信長が入城させたのは、乳兄弟でもあり重臣でもある池田恒興。

三代目・犬山城主となり、11年間居城としました。


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信長と乳兄弟であり、信長の重臣でもある池田恒興。功績を認められて犬山城を拝領す!-犬山城ちょこっとメモ #0073

※ 犬山城ちょこっとメモでは、犬山城についての情報をちょこっとずつお届けしています。


三代目・犬山城主は池田恒興です。

彼は天文5年(1536年)、父・池田恒利と母・養徳院との間に生まれました。

父は織田家に仕えていた武将で、母も信長の乳母を務めていました。

つまり、信長と恒興は乳兄弟(ちきょうだい)ということです。

しかも、幼少時から小姓として信長に支えていたので、信長と恒興は特別な絆があったようです。

 

そんな彼も信長の躍進とともに、武功を重ねていきます。

永禄3年(1560年)の桶狭間の戦い、長年敵対してきた斎藤氏の美濃攻略戦などに参戦しています。

元亀元年(1570年)に行われた姉川の戦いでは、丹羽長秀とともに徳川家康の軍に加勢し、朝倉軍を打ち破る活躍を見せました。

それらの功績が認められて、元亀元年(1570年)に尾張・犬山城を拝領しました。

▲ 恒興が入城したころの犬山城はどんな姿だったのだろう

その後、恒興は信長の嫡男・信忠の配下に入りました。

信忠は織田家の後継者なので、織田家とともに歩んできた恒興を側近にしたのでしょう。

犬山城で恒興がどのような手腕を発揮したかは記録にありませんが、摂津国に移るまでの約11年間、犬山城を居城としました。

このころにある程度、犬山城の改修や整備も行ったのではないかと推測できます。

●城主データ●

池田恒興

三代目城主

在位 約11年:元亀元年(1570年)~天正9年(1581年)

今日 2019年4月11日の犬山城は?

▲ 今朝はスッキリとクリアな空です。

 

2019年 4月11日

昨日の雨のお陰で、今朝はスッキリとクリアな空です🌄

でも風が強いから花粉症のかたは要注意ですよー🤧

 

 

 

 

 

ということで、

信長の信頼する家臣である池田恒興が犬山城を居城に活躍していたのは、なんだか誇らしいですね。

ということで、

信長の信頼が厚いやつ(池田恒興)が三代目城主だった、犬山城でした。

じゃあね🖐️

2019年04月11日
犬山城マイスター!たかまる。

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