竹田城(たけだじょう)#056『但馬に築かれた天空の城』

日本100名城・056番・武田城(たけだじょう)をご紹介します。

お城めぐりの参考に。

日本城郭検定を受験するときの参考に。

竹田城(たけだじょう)#056『但馬に築かれた天空の城』

【写真提供:吉田利栄さん】

但馬(たじま)に築かれた天空の城である竹田城(たけだじょう)をご紹介します。

竹田城は、兵庫県朝来市にある城跡です。

見どころ

古城山に巡らされている壮大な石垣(いしがき)は圧巻です。

天守台を中心に北千畳(きたせんじょう)、南千畳(みなみせんじょう)などが放射状に設けられています。

縄張り(なわばり)の全てに石垣が今も残っています。

主な遺構

本丸

二の丸

三の丸

北千畳

南千畳

天守台

土塁

石垣など

縄張(なわばり)

竹田城パンフレットより

標高約354 m の古城山の山頂部分に築かれています。

羽根を広げた鳥のような形のに曲輪(くるわ)が配置されているのが特徴です。

石垣(いしがき)の一部は改修されていますが、だいたいは築城時のままの姿を残しています。

高いところに城があるため、11月前後には周囲に霧が立ち込めて「天空の城」と呼ばれています。

本丸から南二の丸、南千畳へと曲輪(くるわ)が続いています。

それぞれに枡形虎口(ますがたこぐち)食い違い虎口(くいちがいこぐち)があります。

北側には本丸から二の丸、三の丸、北千畳と階段状に曲輪が連なっています。

縄張(なわばり)とは?

縄張(なわばり)の三つの基本形式

歴史

竹田城は嘉吉年間(1441~1444)に山名宗全(やまなそうぜん)が家臣の太田垣氏(おおたがきし)に作らせたのが始まりです。

羽柴秀吉(はしばひでよし)の但馬攻め(たじまぜめ)で落城しました。

その後は赤松広秀(あかまつひろひで)が入城し、数年の歳月をかけて現在も残っている石垣の壮大な城に改修しました。

しかし赤松広秀は鳥取城攻めの失敗の責任をとり、徳川家康から切腹を命じられました。

竹田城はその時に廃城になりました。

竹田城の基本情報

【写真提供:吉田利栄さん】


【写真提供:吉田利栄さん】

別名虎臥城(とらふすじょう)
所在地〒669-5252
兵庫県朝来市和田山町竹田字古城山169
城の種類山城
築城年代嘉吉年間(1441~1444)
文禄元年~慶長5年(1592~1600)
築城者太田垣氏
赤松広秀
主な城主太田垣氏
桑山氏
赤松氏
文化財史跡の区分国指定史跡
天守の現況天守台のみ現況
アクセスJR丹波線竹田駅から徒歩約60分
日本100名城スタンプ設置場所・竹田城跡観覧料収受棟
・JR 竹田駅「わだやま観光案内所」
・山城の郷
・情報館 天空の城
関連施設情報館 天空の城
リンク竹田城跡公式ホームページ

地図・マップ

まとめ

日本100名城・056番・武田城(たけだじょう)をご紹介しました。

お城めぐりの参考にしてください。

また、日本城郭検定を受験するときの参考にしてください。

じゃあね🖐️

2020年04月10日
犬山城マイスター!たかまる。

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